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平成 25年 第1回 建築学科 中山昌尚

読書雑感


 40年も前、大学生だったころ、大学生になっての気負いもあったのだろうが、難しいといわれる本に我慢して挑戦したことがある。哲学系のものであったが、その用語の難解さには辟易したものである。日本語の漢字の造語能力の豊かさに起因すると言えば聞こえがよいが、漢字を連結して概念熟語をつくり、意図的に小難しく説明していたように思われる。なぜ、哲学書はこのように難解な表現をとるのだろうかと思ったものである。また、大学生になったのだからと、できるだけ多くの本を読もうとしたこともある。しかし、どんな本でも読んで理解するにはそれなりの時間がかかるから、これから生涯どれだけの本を読めるかざっと計算してみて、その有限さに唖然としたものである。


 最近の日本のDataでみると、日本出版学界による2009年の新刊書(雑誌も含むようである)は約8万件、国会図書館の図書分類の2012年度の受け入れ点数は約22万とある。一方、自覚的に読書ができる年数をざっと70年とし、1日1冊読んで、70年間で2.6万冊程度である。この数字の比較からは、一生で読むことができる図書数は、新たに発行される中のほんの1部分に過ぎないことがわかる。また、所詮一部のわずかな量しか読めないのであるから、何を読むべきかという選択が重要であると同時に、読んだ本から本質的なことを抽出し想像力を働かせ一般化することが重要となると思われる。これは、人の体験と似ているかもしれない。「実際に経験してみないと本当の所はわからない」という言い方は良くされるが、実際上ある人の経験をまるごと全て経験することは不可能なので、やはり自らの限定されたわずかな経験から想像力をはたらかせて他者の経験を類推するしかない。そもそも、他人が感じていること、言うことが理解できる、わかること事態が、厳密に言えば極めて曖昧で、概ね正の相関関係が取れる程度と考えられるからである。40年も前の私の思い出からとりとめもなく始まった話であるが、結局、読書について次のように思われる。
 1)人が生きて行くためには、他者を理解することが必須だが、理解するためには、ある程度の情報量と類推・思考・想像するという経験が必要である。
 2)自分が生きて行くのに役に立つと、自分にとって思われる本を選ぶべきである。
 3)読んだ内容については、一般化を図り、生きて行く際の糧にすべきである。


(建築学科  中山 昌尚)