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令和 5年 第1回 建築学科 安高尚毅

本を読むということ


■高専生の本嫌い
 私が小山高専に赴任し、4年生の担任をしていたときのことです。その頃は4年時に研修旅行があり、私のクラスでは約半数の学生が参加しませんでした。そのかわりに建築の本を読んでレポートにまとめるという課題を出しました。これには大ブーイングが来まして、驚いた記憶があります。高専生は本を読むのが苦手なんだと認識しました。
 私も皆さんと同じように理系で、昔は本をあまり読まない学生であったのですが、建築の勉強をはじめてから、建築家の本を読むようになり、結構本を読むのは楽しいなと思っていたので意外な反応でした。
 思いおこせば高校生のころ、本を読み出したものの最後まで読めず、挫折した記憶も多々あるのです。その原因の一つであったと思うのが、当時の国語の現代文に使われる文章にあったように思います。大学センター試験に出てくる現代文には「形而上学」や「メタ」といった難しい言葉が出てきたり、その上、文章が長く、何を言っているのかわからなかったりしました。哲学者が書く哲学書においては、わざわざ難解な表現を使用し、伝わる人だけに伝わればよいという態度で書かれた文章で、他にもポストモダンの新しい文体を使用した小説があらわれるなど、いまの私の目から見ると、意味もなく小難しかったり、日本語になっていなかったりすると思われるのです。しかし、そのときは自分がダメなんだと思っていました。少し傲慢かもしれませんが、今では書いた人が悪いと考えるようになりました。この他にも家電製品の説明書やコンピュータソフトの使用方法の本を読んでも、その目的に到達できないことがあります。これはもう説明書や本が悪いとしか言いようがありません。そのような悪書に出会ったときに、人は本を嫌いになるのではと思うのです。「そんな本は読まなくてよい!」と思います。


■大学生と高専生の違い
 私が小山高専に赴任して、高専生を観察したところ、大学生と比較して専門の理解度は高いと感じました。一方、大学生の方が優れているところもあります。それは、一般教養の理解度です。これは圧倒的に大学生の方が高いです。皆さんが卒業して、大学や社会で活躍すると思うのですが、大学生に勝つためには一般教養を積むことが必要です。そのためには、本を読む必要があります。
 私が学生時代に出会った本の中に「今読んでいる本が理解できないときは、その本を読まなくてよい。今、理解できて、読んでいて楽しい本を読むべきだ」といったことを関西大学名誉教授の谷沢永一という人が書いていて、それを読んだときに、私は本を楽に読めるようになりました。
 本を読むと世界が広がります。いろんな視点を獲得することができるし、思考も深まります。


■きっかけとしての本との出会い
 大学工学部1年生の学生に教えているときに、課題発表時に欠席をした学生に、代わりの課題を出しました。他学科の学生でしたので、何か本を読んで、感想文を書くようにと指示しました。一応、お薦めの本を用意していたら、その学生はその本を読んで感想文を書くことにしました。その学生も理系であったので本を読むのがそれほど好きそうではなさそうだったのですが、私が薦めた本について、読後に「スラスラと、次が気になってしょうがなく、一気に読めた、本を読むのが楽しかった」と感想を言ってくれました。その本は私がスイスイ読めて、これだったら本が苦手な人でも読むことができるなと思って選んだ本でした。その本の名は・・・内緒!なんてね注1)
 そのように面白い本に出会うと、本が読みたくてしょうがなくなります。韓流ドラマの次回がどうなるか知りたくなるように。


■本を読むコツ
 ここでひとつ本を読むコツを披露しておこうと思います。一つ目のコツは、目次に目を通すことです。それによりその本が何を主張しようとしているのかがわかります。また、二つ目のコツは、著者が何を言おうとしているかを意識して読むことです。本というものは実は「何か新しいことを言っている」のです。誰かが言ったことを繰り返すだけでは本を書く意味がありません。何か新しいことを言っているから本になるのです。なので、本を読むときは「どういう新しいことが書かれているんだろうか」という目で読んでください。結構、新しいことはほんの少しの前進であることが多いのですが、著者が「これが言いたい」ということを意識して読むと、本がわかってくるかと思います。
 また、皆さんは5年生になったときに、卒業論文を書くと思うのですが、文章を書くという行為もまた本を読むのに役立ちます。ここで、再び、恥をさらすと、私が論文を書くようになったとき、指導教官から主語と述語があっていないことをたびたび指摘されました。そのときに認識したのは、長い文章を書くのは、日本語を書くにも、論文を書くにもよいことではないということでした。また、論文は、文章の構成・構造を意識しなければ、書けません。その文章の構成・構造を意識できるようになると、本を読むのもまた好きになる可能性があります。


■技術者である前に人間であれ
 最後に、小山高専の教育の理念に「技術者である前に人間であれ」という標語があります。この標語はすばらしいなと思います。同僚の先生方も口を揃えて素晴らしいと言っています。ところで、「人間であれ」とはどういうことなのでしょうか?これは難しい問いです。 一つの解釈を紹介しておくと、高い人格を持つことかなと思います。例えば、将来、就職したときに、科学技術を知らない上司から、お金儲けのためにここのデータの数値を変えてくれと言われたときにそれを跳ね返す力をもった者だと思うのです。または、弱いものいじめをしない人でもあると思うのです。そういった人格を形成するためには、精神力や倫理観、知や徳を鍛えなければなりません。本を読むということは「知」と「徳」を鍛えることでもあると思うのです。
 したがって、「技術者である前に人間であれ」は、本を読むことでもあると思うのです。


注1)そのお薦めの本は、当時ブログが面白いと話題になっていた藤田晋の本です。稲盛和夫は知らなくても、さすがに藤田晋は知っていますよね。サイバーエージェントの社長です。また、その本の名前は、「渋谷ではたらく社長の告白」です。お薦めなのでぜひ読んでみて下さい。


(建築学科  安高 尚毅)