TOP > 図書情報センターだより > 令和 7年 第1回

活字中毒者のひとりごと

■君はブックを読まない♪
 本校図書情報センター調べによれば、今年度の図書貸出数は(対前年比で)減少してしまったそうです。 これを受けて、図書委員会では「学生に本を読ませる妙案はないか?」の議論になりましたが、そのとき思い出したことがあります。
 先日やむを得ない事情があって、久しぶりに都内を電車で移動しました。 幸いにも座席を確保できほっと一息。ふと顔を上げて向かいの横並びシートを眺めると、老若男女問わず、誰もが手元のスマートフォンを注視しています。 改めて周辺を見回すと(スマホで電子書籍を読んでいる方はいるかもしれませんが)、車内に紙の本を読む人は見当たりませんでした。 当方、ザックから読みかけの面白い本(500頁超の分厚いハードカバー)を取り出しつつ、すっかり時代遅れの自分に苦笑いでした。 大人でさえ紙の書籍をほとんど手に取らなくなった今、学生(だけ)に本を読ませることは相当にハードルが高そうです。


■本の未来・図書館の未来
 みなさんご承知の通り、音楽の分野ではレコードやカセットテープが過去の遺物となり、CDすら目にすることが激減しました。 同じく映像(動画・静止画)の分野でも、記録媒体はアナログからデジタルへと一瞬のうちに移り変わりました。 このような時代にあって、出版の分野では旧来の形=「紙面に印刷された書物」をこのまま維持し続けられるでしょうか? もしかすると、他分野とは比較にならないほどその歴史が長いため、形態の変化に時間が掛かっているだけなのかもしれません。 ですが、もし、今後も非デジタルの図書が出版され続けるのだとしたら、「紙の書物」には何か普遍的な価値があるに違いありません。 ただし、その答えを知っているのは未来の時間だけ。今はただ待つしかなさそうです。
 一方、図書館はこれまで、主として「紙の本」を収集・保管する役割を担ってきましたが、今後はどうするのでしょう? 幼い頃より「図書館沼にぬまってしまった」一人として、図書館が無くなってしまうのは困りますが、本さえ読めれば私はその有り様に拘(こだわ)りはありません。 風の噂によれば、本校図書館について改修計画があるようです。利用者が減っているのであれば、既成概念にとらわれずに「思い切りへんてこなSchool library」に改造してくれたらさぞ面白かろうと、無責任な期待を寄せています。


■読書のすすめ(本当はすすめてないけれど)
 私はこれまでいくつかの街に住み、それぞれの街(や学校)の図書館へ通っては本を読み続けてきましたが、他の人に積極的に読書を勧めたことは殆どありません。 本を読むことによって得られる効能やメリットはいろいろとありましょうが、自分はそのような見返りを求めて図書館に通っていたわけではないためです。 映画が好きな人が映画観賞を、体を動かすのが好きな人が運動をするように、ただ本が好きだから、面白そうな本を手当たり次第に手に取ってきただけなのです。 何を面白いと感じるかは人それぞれですから、本音を漏らすと、読書が嫌いな人は無理をせずに必要最低限なモノだけを読めば良いだろうと思っています。


■されど、より良き人生を送るために
 ただし、読書をする/しないに関わらず「言葉を正しく使う」能力は、人間としてより良い人生を送るために必須のスキルだと信じて疑いません。 その理由の好例が「高専なのにどうして国語を勉強するの?」(平成28年度 図書情報センターだより。藤井敬士先生の筆による)で説明されています。 素晴らしい内容ですので、学生諸君は是非ともご一読ください。
 最後に、「言葉を正しく使う能力を、読書なしに身につけられるかどうか」という問いは、流体の力学を専攻してきた私には難易度が高すぎる問題です。 もし仮に、紙の本を手に取ったことがない「AI」にこの問いを投げたら、彼らはなんと答えるのでしょうか? 気になってしまった方は、急ぎお試しあれ。

(機械工学科  増淵 寿)