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磁気センサ非破壊診断で燃料電池内部の電流分布の可視化と安定稼働を実現

筑波大学と本校の研究グループが、磁気センサを用いた非破壊診断により燃料電池内部の電流分布をリアルタイムに可視化する手法を開発し、電流分布には電圧波形に比べて回復遅れが生じることを明らかにしました。また、電流分布のみを制御指標として、燃料電池の安定稼働を可能にする制御システムを実現しました。

燃料電池は、発電時に二酸化炭素を発生せず、水しか出さないクリーンな発電技術として注目されています。しかし、この水が電池内部に滞留し発電の邪魔をする「フラッディング」と、水を除去しすぎて水素イオンが透過する高分子膜が乾燥してしまう「ドライアウト」という2つの相反する現象が生じて、発電性能が低下してしまうという問題があります。このような不具合を検知するため、従来、さまざまな装置やセンサを用いたり、機械学習など大量のデータに基づいた解析が試みられてきました。
本研究グループでは、磁気センサを用いて燃料電池の不具合を検知し、これを制御する手法を検討してきました。今回、診断手法の改良により、燃料電池内の電流分布をリアルタイムに可視化し、制御するシステムを開発しました。その結果、電圧指標に基づく制御では、電圧は安定するものの、電流分布には不具合時と同様の偏りがあることが分かりました。また、電流分布のみに基づいたシンプルな制御方法によって、燃料電池の電流分布を一定に保ち、安定した状態での稼働を実現しました。
今後、この手法を実際の燃料電池システムに搭載することを目標に、総合的な燃料電池の診断制御システムの確立を目指します。

 研究代表者 
筑波大学 システム情報系
 秋元 祐太朗 助教
小山工業高等専門学校 電気電子創造工学科
 鈴木 真ノ介 教授

 掲載論文 

(磁気センサを用いた固体高分子形燃料電池のその場診断および制御システム)
【著者名】 秋元祐太朗、柴田真澄、都築祐人、岡島敬一、鈴木真ノ介
【掲載誌】 Applied Energy
【掲載日】 2023年9月13日
【DOI】 10.1016/j.apenergy.2023.121873
 論文著者の柴田さんは小山高専専攻科修了生です。

 

 

 研究の背景 

燃料電池は水素や空気などの燃料を使って発電します。燃料電池の性能は出力で評価され、これは燃料の供給量に左右されます。しかしながら、化学反応により発電時に発生する水が電池内部に滞留し発電の邪魔をする「フラッディング」と、水を除去しすぎて水素イオンが透過する高分子膜が乾燥してしまう「ドライアウト」という2つの相反する現象によって発電性能が低下してしまう問題があり、瞬間的に最高の性能を発揮する条件下でも、その性能は変化します。また、燃料電池は電池を構成するセル表面から発電するので、燃料供給量や熱、水、電流などの分布を管理することが重要です。とりわけ、電流分布の偏りは、燃料や水の偏った利用を示唆し、触媒や材料の不均一な劣化を引き起こす可能性があるため、電流分布は最も重要な指標です。

これらの指標の測定には、これまで、燃料電池の各セルにプリント回路基板を組み込むなど、接触型の装置が用いられてきましたが、近年、非破壊的な方法が提案されています。本研究グループでは、空冷式燃料電池に磁気センサを挿入することで計測点数を削減し、少なくとも2つの磁気センサーからの測定値から、フラッディングやドライアウトなどの故障をリアルタイムで特定可能な手法を開発しました。これは、燃料電池の電流分布を非破壊、非接触、オンボード、その場、リアルタイムで観察できる唯一の方法ですが、燃料電池の安定化については、磁束密度の分布から電圧を制御することしかできませんでした。燃料電池の効率向上と安定運転のためには、電流分布の均一化が必要となります。

そこで本研究では、磁気センサを使った非破壊診断による電流分布をリアルタイムに計算する方法や制御戦略を開発し、電流分布制御に基づいた燃料電池の安定稼働システムの開発を目指しました。

 研究内容と成果 

図1に燃料電池の構成について示します。燃料電池は高分子膜を隔てて、水素側と酸素側に分かれます。水素側には、化学反応により発電時に水が生じます。フラッディング時はこの水が空気出口付近に滞留しやすく、空気出口側から徐々に電流分布が減ることが予想されます。

今回開発した手法は、電流分布の絶対的な値ではなく、運転初期状態からの差分という相対的な値を算出することで、センサ計測数と計算時間の削減を可能としています。つまり、運転初期状態は健全な運転をしているという想定の下、健全状態と不具合状態との差を予想することに着目しており、この電流分布を、「電流強度分布」と名付けています。本研究では、まず、これまでに開発した電圧指標を用いた制御方法における電流分布を評価しました。すると、電圧波形は燃料電池の運転開始から765秒後に、水の排出(パージ)によりフラッディングを回避して、回復していますが(図2上)、電流強度分布は変わらず、850秒時になって偏りが減少し始め、900秒時に偏りがなくなりました(図2下)。これは、出力電力の回復に比べ、電流分布の均一化が遅れて起きることを示唆しています。ドライアウト時にも同様のことが起きることが分かり、これらの結果をもとに、電流分布を均一化する制御方法について提案し、安定稼働できることを実証しました(図3)。

 今後の展開 

本研究では、燃料電池の不具合を検知・制御する新しい手法を提案し、一定の電流で運転している状態の燃料電池において実証実験を行い、その有効性を明らかにしました。今後は、この手法を実際の燃料電池に搭載することを念頭に、燃料電池の総合的な診断手法として確立し、持続可能な社会システムの実現に貢献していきます。

 参考図 


図1 燃料電池の構成
燃料電池には、セルという発電の最小単位と、セルを積層したスタックという構造があり、燃料電池自動車などのシステムには、その規模に応じてセルを積層したスタックが搭載される。セルは、高分子膜、水素極、酸素極による膜電極接合体と、水素や酸素が流れるセパレータから構成される。本研究では、5個のセルを積層したスタックを使用した。


図2 フラッディング時の電圧推移と電流強度分布解析結果
発電時の生成水過多状態であるフラッディングを模擬した運転条件において、5セルスタック中の中央に位置するセル3の電圧が0.3 Vを下回ったことで、運転開始後765秒から20秒間、水を排出する制御(パージ)が行われ、電圧が回復した(上図)。その時の電流強度分布を可視化したところ、パージによって、770秒後には電圧が回復しているにも関わらず、800秒後まで、空気入口側の分布の偏りが残っており、電流分布は電圧に遅れて回復することが分かった(下図:赤色ほど電流強度が高い)。


図3 電流強度分布を指標とした制御実験における各セルの電圧推移

動画 202309論文_電流強度分布の変化の様子.mp4 (小山高専HP外に移動します)

電流強度分布が閾値を超えると自動制御がかかるようになっている。今回の実験では、フラッディング状態を模擬し、運転開始後34秒と122秒にてパージ制御が行われ、電圧は回復している。その後は、各セルでの電圧変動はあるが、閾値を超えなかったため、制御はかからずに、稼働し続けることができた。

 研究資金 
本研究は、科研費若手研究(B)、東電記念財団研究助成、マツダ研究助成、アズビル山武財団研究開発助成の一環として実施されました。

2023年9月15日